2013年4月18日木曜日

珈琲を片手に古書を読む

ビブリア古書堂の事件手帖4 ~栞子さんと二つの顔~
珈琲店タレーランの事件簿 また会えたなら、あなたの淹れた珈琲を

本当に至る所で比較されているこの2冊。
まぁ総じて後者の評価が低い。
もう、これはしょうがないかなと思う。

曰く、二番煎じである
曰く、登場人物に厚みがない
曰く、土地柄が生かされていない
etc.

そこまで言われるほど悪くはないと思うのだが・・・手直しすれば。
前者だって、既刊の4冊でようやく物語は後半(だと思う、多分)に差し掛かるわけで、これを1冊の半分に纏めろ、となれば後者と同じ評価をくらうことになるんじゃないかな?
事実、描写が筆致な前者は、その分全体の話の流れが遅く、じれったい感が拭えない。そこも作者の狙いなのかもしれないし、主人公たちの物語の中での中途半端な立ち位置が、収まるところに収まってしまえば、この作品のアイデンティティーは失われてしまうだろうしね。

そういう意味では、続編が決まったという後者の、新しい展開と書きたくても書けなかった(と思う)細部の描写に期待するのである。

2013年2月28日木曜日

敵は神か海賊か

敵は海賊・海賊の敵
長い長い6年だった・・・
しかし、それでもやっぱり面白い!!
同じ設定、同じ登場人物なのに、登場人物の視点を通すとこうも見え方が違う、それでいてやはり同じ世界、というのは如何に世界観が確立されているかなんだよな。
余談
Ω空間に対する考察はすべての話でいつも話題になるこの作品の核のひとつだが、本当にその出来の良さに敬服する。論文形式にしてまとめてみようかな・・・

2012年11月8日木曜日

月を肴に酔ってみる

陰陽師 酔月ノ巻
いつものとおり、いつものように短編がするすると進む。
興味を引いたのは、そのなかの「新山月記」
人が虎になる、という話であり話のモチーフとしてはよく使われる類いのものである。
で、そういうのを思い浮かべていると、"チャイナ・ドリーム―中国夢幻譚"に似たような話が出ていたような気がする。
あとで調べてみよう。
で、本編の方はいつものとおり、である。ただ、今回は最近の傾向であった源博雅がメインになることが少なかった。登場はするのだが鍵となるようなことはほとんどなく、清明の行動説明をする対象というか理由にそこにいる、という感じだなぁ。
ここまで長く引っ張っておいて、どうこの物語を締めるのか興味深い。・・・まさかキマイラみたいに有耶無耶に放ったらかすんじゃないだろうなぁ・・・

2012年9月23日日曜日

きけんはきけんか

キケン
むぅ・・・
読みやすさは、まぁ、この人のウリのひとつではあるが、それでも回想場面でないところで一人称と三人称が混ざるのは気持ち悪い。
でもって、それを意図的にしているのか、間違えてるのかわからんくらいナチュラルに混ぜているところこそがラノベの真骨頂ともいうべきか。
まぁ、内容については「そりゃ自分の専門に関してなら、そういう無茶のひとつやふたつはあるが、理系はそこまで暇ではないんよ・・・」という感じか。
なにはともあれ、雰囲気は面白いしサラサラ読める文体ゆえ、3、40分あれば読み切れる。さくっと楽しむには手に取って損は無いのではなかろうか。

2012年8月28日火曜日

閑話 本を嫌いにならないための5つの鉄則

鉄則1
嫌なら読まなくて良い
読み始めた本がつまらなかったら、そこでやめちゃても何ら不都合は無い。つまらない責任はあなたじゃなくて作者にあるのだ。

鉄則2
読み方にルールは無い
飛ばし読み、結末から読む、斜め読みする、何でも良い。「こう読むべき」なんてのは単なるおためごかし。余計なお世話である。

鉄則3
丁寧に扱う必要は無い
本とは活字が印刷されているだけの紙である。踏み台にしたり、気に入ったページを切り取ってスクラップにしても良いのである。
もちろん宝物のように扱っても良い。

鉄則4
人のオススメを気にしない
読んで気に入る、感動する、というのは、自分の気に入った考えと一致するから。なので当然、感動するかしないか人によって違って当然。

鉄則5
期待しない
専門書は別として、そこから何かを得るなんてことはない。赤線を引いたりするひともいるが、それは 自分の気に入った考えが言葉になっているからであって、本当に重要かどうかは別。辛辣な言い方をすると、読書とは自分で考えられない人が、作者に思考を代 理してもらう行為なのだ。

2012年8月22日水曜日

それは祝詞かはたまた呪詛か

陰陽師 天鼓ノ巻
もう8巻目になるなんて知って再び驚いた。
長い・・・
で、毎度のことながら、安倍晴明と源博雅がまぁいろいろとやらかすわけですが、短編の型はほぼ完成していて、なのに飽きないところがとても良い。
と、思っていたけど、実は違うのだな、これは。
シリーズの初出となる「陰陽師」は20年以上前、1991年である。
そのころの知識と、今の知識と比べたらよぉくわかる。
平安の雑学知識が増えていることに気付くだろう、そして陰陽師やその他諸々についても。
もちろんこの最新刊から読み始めても良いのだが、この20年掛けてゆっくり基本知識が高度になっていくところが味わい深いのだ。
作者と読者が時間をかけて1200年前の世界を醸成していく、なんとも気の長い話であるが、そういう作品が1つくらいあっても良いのではないだろうか。
ただ1つ作者には、ひとつだけ言いたいことがある。
いいかげん「キマイラ」完結させてくれないか?

2012年8月8日水曜日

生きることは食うことだ

世の中には2種類の人間がいるという。
生きるために食う人と、食うために生きる人だ。
だがしかし、この本はその2種類は表裏一体であり、まさに、生きることは食うことと見つけたり、であることを示してくれる

地球のごはん  世界30か国80人の“いただきます!”
なんで80人やねん、という疑問は、原題の
What I Eat Around the World in 80 Diets.
を見るとピンっとくる。 80日間世界一周かよ。
で、その世界一周の方法も洒落ている。1日の摂取カロリーが低い方から巡っていくのだ。
ただし、掲載されている人々の国や職業と摂取カロリーとの相関はない。
あくまで、ある国のとある職業のこの人の1日摂取カロリーはXXです、というのが読み取れるだけだ。参考に付けられている統計資料の方が真実に近いようにさえ見える。
じゃあ、本書を通して何が言いたいのかというと、実は何にもないんじゃなかろうか、と邪推する。
結論はなく、ただ単に読み終わった後で読者に "What I Eat?" と自問自答して欲しい。と、課題を投げかけるためだけに作られた感じがするのだ。