ちょっと前にtwitterで「モテない」を連発してた人と、メチャクチャな統計の使い方をしてた人にそれぞれ紹介した一冊
ダメな貴男
今でも Web上で連載が続いているエッセイ(?)の単行本。
なんだかんだ言って、平たく言ってしまえば How to 本 である。
が、しかしこの本の凄いところは、世の中に出ている他の本や雑誌と全く違う1点があるのだ。
それは何か。
「商売っ気」が全くないんである。
ほとんどの雑誌の特集やなんかを見ると、男性向け女性向け、いずれも共通項がある。そのとおりの対策をすると金が掛かるんである。
曰く、ファッションは・・・小道具は・・・デート先は・・・
そりゃそうだ。モノを売るために書かれてるんだからしょうがない。
ところが、本書に書かれている内容は、普通にそこにいる女性の一般的心理。それも女性から見える男性の普段の何気ない行動に対しての。
何気なく取っている行動の何にプラスあるいはマイナスポイントが付くか、ということですな。
でも、ここで書かれているオススメの行動は、女性に対して媚びてるわけではない。ここも重要。
この本の推奨行動を実践してみる価値はあると思うよ。
統計はこうしてウソをつく―だまされないための統計学入門
うーん・・・。意図して騙す側の連中を見抜くのは、然程難しい事ではない、騙されている連中の目を覚まさせるよりは。
てのは、騙される側には「騙されたい」あるいは「その主張を信じたい」理由があるからで、もうデータの引用の仕方がメチャクチャである。
今やこういう無茶苦茶も珍しくない。
なので、この本をここで紹介しても、本来読むべき人には馬耳東風なんだろうけど、せめて良識ある人々がそういうテロリスト達に反論できるように、と、そういう願いを込めての紹介である
2012年1月28日土曜日
2012年1月26日木曜日
書評の書評
こんなページを見つけた。
面白すぎて寝食の間も惜しんで一気に読んだ本
ざっと目を通したが未読無し。まぁ・・・これに夢中になれるかぁ? というものもあるが、そこは趣味の違いということでスルーして、自分も夢中になったものを選りすぐって並べてみる。
星を継ぐもの
ハードだ。ハードすぎる。緻密なSFとはなるほどこういうものか、と感心させられた一冊。
うむ・・・科学的検証でこんな事までわかるのか、と読みながら錯覚させられた事を覚えている。
まぁ、技術の進歩でいろんなことが可能になり、フィクションでなくなりつつある、というのは恐いものがあるが…
たそがれ清兵衛
池波正太郎の短編集。で、タイトル作よりも他の作品の方が好きだったりする。まぁ、共通しているのは城仕えで下っ端の武士達の生活臭かなぁ。金も何もなくて、娯楽と言えば精々剣術修行。そこで身につけた剣がなぜか人生を左右する・・・その哀しさが次の一冊を手に取らせるのだよ。
八甲田山死の彷徨
よく知られている通り、新田次郎という人は登山家だったわけで、その自然の厳しさに対する描写は容赦がない。こたつで首まで浸かって読まないと寒くなるのだ。
氷壁と並んでこのジャンルでは間違いなく最高峰だと思う。
羆嵐
確か中学1年生くらいで読んだ。とにかく恐い。熊に襲われる恐怖が淡々とした筆から確実に伝わってくるのである。
がしかし「一度若い女性を食べた熊はそれだけを好んで食べる」くだりで、「むー・・・赤ん坊の肉が一番おいしいって聞いたけどなぁ・・・」などと冷静に考えながら読んでいたのも覚えている。
我ながら、なんちゅう中学生じゃ・・・
面白すぎて寝食の間も惜しんで一気に読んだ本
ざっと目を通したが未読無し。まぁ・・・これに夢中になれるかぁ? というものもあるが、そこは趣味の違いということでスルーして、自分も夢中になったものを選りすぐって並べてみる。
星を継ぐもの
ハードだ。ハードすぎる。緻密なSFとはなるほどこういうものか、と感心させられた一冊。
うむ・・・科学的検証でこんな事までわかるのか、と読みながら錯覚させられた事を覚えている。
まぁ、技術の進歩でいろんなことが可能になり、フィクションでなくなりつつある、というのは恐いものがあるが…
たそがれ清兵衛
池波正太郎の短編集。で、タイトル作よりも他の作品の方が好きだったりする。まぁ、共通しているのは城仕えで下っ端の武士達の生活臭かなぁ。金も何もなくて、娯楽と言えば精々剣術修行。そこで身につけた剣がなぜか人生を左右する・・・その哀しさが次の一冊を手に取らせるのだよ。
八甲田山死の彷徨
よく知られている通り、新田次郎という人は登山家だったわけで、その自然の厳しさに対する描写は容赦がない。こたつで首まで浸かって読まないと寒くなるのだ。
氷壁と並んでこのジャンルでは間違いなく最高峰だと思う。
羆嵐
確か中学1年生くらいで読んだ。とにかく恐い。熊に襲われる恐怖が淡々とした筆から確実に伝わってくるのである。
がしかし「一度若い女性を食べた熊はそれだけを好んで食べる」くだりで、「むー・・・赤ん坊の肉が一番おいしいって聞いたけどなぁ・・・」などと冷静に考えながら読んでいたのも覚えている。
我ながら、なんちゅう中学生じゃ・・・
2012年1月20日金曜日
猫に槍は役に立つのか
実家による毎に、手元に引き取っていない本を選り分けて、選り分けて・・・しているうちに読むのに夢中になってしまうんだよなぁ、どれもこれも懐かしくて。
テイルチェイサーの歌
既に絶版らしい。こんな名作をなんて扱いにするのよさ。
まぁ、それはともかく、猫の世界にファンタジーがあることを証明してくれるのは、後にも先にもこの1冊だけだと思う。このテイルチェイサーは、ピートでもなければアプロでもなく、どちらかというとヨゴロウザに近い。
だがしかし、猫達の世界に美しい伝説と伝承の歌があり、「爪と魔法」があることを見事に具現している。
普段、もふもふしてにゃあと鳴いている、かわいいだけの連中も、本当は見かけによらずいろいろ考えているのかもしれない・・・
梨花槍天下無敵
伝説の英雄が登場すると、多くの場合伝説になった逸話を中心に、その英雄の人物像が語られる事に多くを費やされるのが普通で、まぁ、英雄を中心に世界が回っている事になるのだが、そうでないところにこの1冊の妙味がある。
なので、先日書いた三国志あたりが大好きな場合、物足りなく感じてしまうのだ。がしかし、歴史書という見方をすると別の面が見えてくる。女性が歴史に介入するのは何も美女の色香だけではないのだ。んじゃあ、男性の英雄と何が違うのかというと・・・この本を手に取ることになる。
まぁ、著者の名前でこの本を購入した人には不本意かもなぁ
テイルチェイサーの歌
既に絶版らしい。こんな名作をなんて扱いにするのよさ。
まぁ、それはともかく、猫の世界にファンタジーがあることを証明してくれるのは、後にも先にもこの1冊だけだと思う。このテイルチェイサーは、ピートでもなければアプロでもなく、どちらかというとヨゴロウザに近い。
だがしかし、猫達の世界に美しい伝説と伝承の歌があり、「爪と魔法」があることを見事に具現している。
普段、もふもふしてにゃあと鳴いている、かわいいだけの連中も、本当は見かけによらずいろいろ考えているのかもしれない・・・
梨花槍天下無敵
伝説の英雄が登場すると、多くの場合伝説になった逸話を中心に、その英雄の人物像が語られる事に多くを費やされるのが普通で、まぁ、英雄を中心に世界が回っている事になるのだが、そうでないところにこの1冊の妙味がある。
なので、先日書いた三国志あたりが大好きな場合、物足りなく感じてしまうのだ。がしかし、歴史書という見方をすると別の面が見えてくる。女性が歴史に介入するのは何も美女の色香だけではないのだ。んじゃあ、男性の英雄と何が違うのかというと・・・この本を手に取ることになる。
まぁ、著者の名前でこの本を購入した人には不本意かもなぁ
2012年1月15日日曜日
英雄って誰なんだっけ
別に最近はじめて読んだわけではなくて、愛読書故にまた手に取っただけなのだが・・・
英雄ここにあり―柴錬三国志
「蒼天すでに死せり 黄天まさに立つべし」でおなじみの三国志である。が普通、この物語を知っている者は、赤壁の戦い、あるいは五丈原の「死せる孔明、生ける仲達を走らす」場面を思い浮かべると思うのだが、この作品はちょいと違う。
『いささか誇張して言えば、私は孔明が出師の表をしたためて、魏と決戦すべく、成都を出発する場面を描きたいために、「三国志」を書きはじめた』と著者自身が作中で述べる通り、そこでプッツリ切れるのである。吉川英治の三国志でツラツラと書かれている南蛮平定もあっさり割愛・・・
まぁそこは、補完すべく筆を執ったのであろう「英雄・生きるべきか死すべきか」には詳しく書かれているのだが、こっちはいささか諸葛亮を別格扱いしすぎているので、なんとも。
いや「英雄ここにあり」でも孔明はかなり別格なのだが、他の人物達もなかなかに描かれているため、相対的にバランスがとれている感じである。
そして何よりこの作品ですばらしいのは、人物の見方描き方一つで、こうまでも格好良く描けるのか・・・と感心すること2度や3度ではない。
例えば、張松。張魯への策として曹操の元に助力を求めるため使者に赴いたが、曹操に冷遇されたので、劉備の元へ赴く。ここで劉備の厚遇に感動し劉備に傾倒する、のだが、これが、この作中では全てもともと張松がイメージしていた通りに事が運んだように書かれるのだ。
もし、三国志を読んでいないなら、吉川英治や横山光輝を手に取るのも良いが、どちらがよい?と聞かれれば、間違いなくコレを推しますね。
英雄ここにあり―柴錬三国志
「蒼天すでに死せり 黄天まさに立つべし」でおなじみの三国志である。が普通、この物語を知っている者は、赤壁の戦い、あるいは五丈原の「死せる孔明、生ける仲達を走らす」場面を思い浮かべると思うのだが、この作品はちょいと違う。
『いささか誇張して言えば、私は孔明が出師の表をしたためて、魏と決戦すべく、成都を出発する場面を描きたいために、「三国志」を書きはじめた』と著者自身が作中で述べる通り、そこでプッツリ切れるのである。吉川英治の三国志でツラツラと書かれている南蛮平定もあっさり割愛・・・
まぁそこは、補完すべく筆を執ったのであろう「英雄・生きるべきか死すべきか」には詳しく書かれているのだが、こっちはいささか諸葛亮を別格扱いしすぎているので、なんとも。
いや「英雄ここにあり」でも孔明はかなり別格なのだが、他の人物達もなかなかに描かれているため、相対的にバランスがとれている感じである。
そして何よりこの作品ですばらしいのは、人物の見方描き方一つで、こうまでも格好良く描けるのか・・・と感心すること2度や3度ではない。
例えば、張松。張魯への策として曹操の元に助力を求めるため使者に赴いたが、曹操に冷遇されたので、劉備の元へ赴く。ここで劉備の厚遇に感動し劉備に傾倒する、のだが、これが、この作中では全てもともと張松がイメージしていた通りに事が運んだように書かれるのだ。
もし、三国志を読んでいないなら、吉川英治や横山光輝を手に取るのも良いが、どちらがよい?と聞かれれば、間違いなくコレを推しますね。
2012年1月13日金曜日
秋葉原のなかの仁とかたてわざの世界
先日 Twitterで「勧善懲悪主人公最強!! みたいな時代劇イラネ」てな話になって、したらばどういった要素が必要なのか? について引き合いに出されてたのが、これだ。
仁
幕末にタイムスリップした医師をとりまく医療仕立ての人間ドラマで、時代劇に不可欠の斬り合いはほとんど出てこないし、その描写に特段の工夫もない。当たり前だけど、現代の医療技術が幕末あたりに出現したらどーなるか?という歴史シミュレーション的要素がこの作品のキモなんだから、そりゃそうだ。
時代劇ドラマのカテゴリーに入るんだろうか。うーん・・・
ほいじゃあ、正統派ってことで、このあたりではどうか。
御家人斬九郎
これは正直面白かった。原作もテレビドラマもである。
単に岸田今日子扮する「くそばばあ」がハマリ役だったからではない。時代考証もキッチリされてて、かつ殺陣も綺麗だったので。だがしかし、万人ウケするドラマだったかというと、うーん・・・
で思いついたのが、この作品。まだドラマ化されてない、ていうか、ラノベは永遠にされんだろう。
偽書幕末伝
偽書と付くにもかかわらず、主人公の秋葉原(あきばっぱら、と読む)とその周りの幾人かを除けば、登場人物から、出てくる小物の時代考証もしっかりしている。笑いも取れるし1話完結のパターン物にもならない。と、思う。
テレビの視聴率は天竜川下り状態、ドラマネタは尽きて原作レイプの嵐な今だからこそ、どこかドラマ化やってくれないかなぁ・・・
仁
幕末にタイムスリップした医師をとりまく医療仕立ての人間ドラマで、時代劇に不可欠の斬り合いはほとんど出てこないし、その描写に特段の工夫もない。当たり前だけど、現代の医療技術が幕末あたりに出現したらどーなるか?という歴史シミュレーション的要素がこの作品のキモなんだから、そりゃそうだ。
時代劇ドラマのカテゴリーに入るんだろうか。うーん・・・
ほいじゃあ、正統派ってことで、このあたりではどうか。
御家人斬九郎
これは正直面白かった。原作もテレビドラマもである。
単に岸田今日子扮する「くそばばあ」がハマリ役だったからではない。時代考証もキッチリされてて、かつ殺陣も綺麗だったので。だがしかし、万人ウケするドラマだったかというと、うーん・・・
で思いついたのが、この作品。まだドラマ化されてない、ていうか、ラノベは永遠にされんだろう。
偽書幕末伝
偽書と付くにもかかわらず、主人公の秋葉原(あきばっぱら、と読む)とその周りの幾人かを除けば、登場人物から、出てくる小物の時代考証もしっかりしている。笑いも取れるし1話完結のパターン物にもならない。と、思う。
テレビの視聴率は天竜川下り状態、ドラマネタは尽きて原作レイプの嵐な今だからこそ、どこかドラマ化やってくれないかなぁ・・・
2012年1月3日火曜日
手帖のある古本屋
ビブリア古書堂の事件手帖―栞子さんと奇妙な客人たち
ビブリア古書堂の事件手帖 2 栞子さんと謎めく日常
ふむ、ラノベだ。でも自分の世界に閉じこもるわけでもなく、ご都合主義に染まるわけでもなく、なかなかに引き込んでくれる。
推理小説は好きなのだが、推理小説には人が死ななきゃならんという固定観念は大嫌いなのだ。これは、とあるコメディのシナリオライターが言ったセリフが下敷きになっている。彼がドラマのライターを評して放ったのは「いいよな。ネタに困ったら殺せば良いんだから」
死は誰にも避けることができない。そして、誰も死後の世界を知らぬ。故に人は人の死に様々な思いを込めるし、絶対的な恐怖の対象として存在させることができる。解決の鍵を墓場に封印することも雑作もない。だから、殺人事件でない推理小説は難しいのだ。
さらに、「本」に関する蘊蓄が至る所にちりばめられているのもよろしい。特に本の希少性と価値が如何なことに依存するかがよくわかる。
ただ、それを再認識しておもったのが、電子書籍との兼ね合いである。本の価値は作品そのものの評価よりも「本」というハードの希少性によって左右される。印刷物が大量生産・再生可能なものであることの宿命である。
であれは近い将来、電子書籍が普及した時、紙媒体は媒体として以上の価値を見いだすことは不可能になるのではないだろうか。もちろん、愛蔵版としての装丁を施されたものや、限定発売されたものが存在する限り、それ以上の価値というのも存在するだろうが、それはもはや単なるお宝収集の一分野になってしまうことを意味する。
「それのどこが悪い」という声が聞こえてきそうだが、それについてどうこう言うつもりはない。ただ、「電子書籍なんて味気ない。装丁その他諸々も含めて本だ」と主張する連中の目に、そういう未来がどう映るのかみてみたいものである
ビブリア古書堂の事件手帖 2 栞子さんと謎めく日常
ふむ、ラノベだ。でも自分の世界に閉じこもるわけでもなく、ご都合主義に染まるわけでもなく、なかなかに引き込んでくれる。
推理小説は好きなのだが、推理小説には人が死ななきゃならんという固定観念は大嫌いなのだ。これは、とあるコメディのシナリオライターが言ったセリフが下敷きになっている。彼がドラマのライターを評して放ったのは「いいよな。ネタに困ったら殺せば良いんだから」
死は誰にも避けることができない。そして、誰も死後の世界を知らぬ。故に人は人の死に様々な思いを込めるし、絶対的な恐怖の対象として存在させることができる。解決の鍵を墓場に封印することも雑作もない。だから、殺人事件でない推理小説は難しいのだ。
さらに、「本」に関する蘊蓄が至る所にちりばめられているのもよろしい。特に本の希少性と価値が如何なことに依存するかがよくわかる。
ただ、それを再認識しておもったのが、電子書籍との兼ね合いである。本の価値は作品そのものの評価よりも「本」というハードの希少性によって左右される。印刷物が大量生産・再生可能なものであることの宿命である。
であれは近い将来、電子書籍が普及した時、紙媒体は媒体として以上の価値を見いだすことは不可能になるのではないだろうか。もちろん、愛蔵版としての装丁を施されたものや、限定発売されたものが存在する限り、それ以上の価値というのも存在するだろうが、それはもはや単なるお宝収集の一分野になってしまうことを意味する。
「それのどこが悪い」という声が聞こえてきそうだが、それについてどうこう言うつもりはない。ただ、「電子書籍なんて味気ない。装丁その他諸々も含めて本だ」と主張する連中の目に、そういう未来がどう映るのかみてみたいものである
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