2012年11月8日木曜日

月を肴に酔ってみる

陰陽師 酔月ノ巻
いつものとおり、いつものように短編がするすると進む。
興味を引いたのは、そのなかの「新山月記」
人が虎になる、という話であり話のモチーフとしてはよく使われる類いのものである。
で、そういうのを思い浮かべていると、"チャイナ・ドリーム―中国夢幻譚"に似たような話が出ていたような気がする。
あとで調べてみよう。
で、本編の方はいつものとおり、である。ただ、今回は最近の傾向であった源博雅がメインになることが少なかった。登場はするのだが鍵となるようなことはほとんどなく、清明の行動説明をする対象というか理由にそこにいる、という感じだなぁ。
ここまで長く引っ張っておいて、どうこの物語を締めるのか興味深い。・・・まさかキマイラみたいに有耶無耶に放ったらかすんじゃないだろうなぁ・・・

2012年9月23日日曜日

きけんはきけんか

キケン
むぅ・・・
読みやすさは、まぁ、この人のウリのひとつではあるが、それでも回想場面でないところで一人称と三人称が混ざるのは気持ち悪い。
でもって、それを意図的にしているのか、間違えてるのかわからんくらいナチュラルに混ぜているところこそがラノベの真骨頂ともいうべきか。
まぁ、内容については「そりゃ自分の専門に関してなら、そういう無茶のひとつやふたつはあるが、理系はそこまで暇ではないんよ・・・」という感じか。
なにはともあれ、雰囲気は面白いしサラサラ読める文体ゆえ、3、40分あれば読み切れる。さくっと楽しむには手に取って損は無いのではなかろうか。

2012年8月28日火曜日

閑話 本を嫌いにならないための5つの鉄則

鉄則1
嫌なら読まなくて良い
読み始めた本がつまらなかったら、そこでやめちゃても何ら不都合は無い。つまらない責任はあなたじゃなくて作者にあるのだ。

鉄則2
読み方にルールは無い
飛ばし読み、結末から読む、斜め読みする、何でも良い。「こう読むべき」なんてのは単なるおためごかし。余計なお世話である。

鉄則3
丁寧に扱う必要は無い
本とは活字が印刷されているだけの紙である。踏み台にしたり、気に入ったページを切り取ってスクラップにしても良いのである。
もちろん宝物のように扱っても良い。

鉄則4
人のオススメを気にしない
読んで気に入る、感動する、というのは、自分の気に入った考えと一致するから。なので当然、感動するかしないか人によって違って当然。

鉄則5
期待しない
専門書は別として、そこから何かを得るなんてことはない。赤線を引いたりするひともいるが、それは 自分の気に入った考えが言葉になっているからであって、本当に重要かどうかは別。辛辣な言い方をすると、読書とは自分で考えられない人が、作者に思考を代 理してもらう行為なのだ。

2012年8月22日水曜日

それは祝詞かはたまた呪詛か

陰陽師 天鼓ノ巻
もう8巻目になるなんて知って再び驚いた。
長い・・・
で、毎度のことながら、安倍晴明と源博雅がまぁいろいろとやらかすわけですが、短編の型はほぼ完成していて、なのに飽きないところがとても良い。
と、思っていたけど、実は違うのだな、これは。
シリーズの初出となる「陰陽師」は20年以上前、1991年である。
そのころの知識と、今の知識と比べたらよぉくわかる。
平安の雑学知識が増えていることに気付くだろう、そして陰陽師やその他諸々についても。
もちろんこの最新刊から読み始めても良いのだが、この20年掛けてゆっくり基本知識が高度になっていくところが味わい深いのだ。
作者と読者が時間をかけて1200年前の世界を醸成していく、なんとも気の長い話であるが、そういう作品が1つくらいあっても良いのではないだろうか。
ただ1つ作者には、ひとつだけ言いたいことがある。
いいかげん「キマイラ」完結させてくれないか?

2012年8月8日水曜日

生きることは食うことだ

世の中には2種類の人間がいるという。
生きるために食う人と、食うために生きる人だ。
だがしかし、この本はその2種類は表裏一体であり、まさに、生きることは食うことと見つけたり、であることを示してくれる

地球のごはん  世界30か国80人の“いただきます!”
なんで80人やねん、という疑問は、原題の
What I Eat Around the World in 80 Diets.
を見るとピンっとくる。 80日間世界一周かよ。
で、その世界一周の方法も洒落ている。1日の摂取カロリーが低い方から巡っていくのだ。
ただし、掲載されている人々の国や職業と摂取カロリーとの相関はない。
あくまで、ある国のとある職業のこの人の1日摂取カロリーはXXです、というのが読み取れるだけだ。参考に付けられている統計資料の方が真実に近いようにさえ見える。
じゃあ、本書を通して何が言いたいのかというと、実は何にもないんじゃなかろうか、と邪推する。
結論はなく、ただ単に読み終わった後で読者に "What I Eat?" と自問自答して欲しい。と、課題を投げかけるためだけに作られた感じがするのだ。

2012年7月19日木曜日

やっぱりねこがすき

ねこシス
ラノベはこうあるべき、みたいな作品、というのが第一印象。
「俺の妹‥」よりもこっちの方が個人的には良いと思う。
いや、否定してるわけじゃないよ。
でも、ラノベって日常ではありえないことを、ノリと勢いでぶわわっと進めるのが良いのであって、日常生活の延長なんぞ面白くも何ともない。
最近のも「日常ではありえない」って設定は氾濫しているが、結局のところ全部デフォルメキャラに乗っかっているだけなんだな。
つまり背景となる世界観やSF、ファンタジー的要素がない。
だから、「ラノベは・・・」と揶揄されるのだ。
もちろん、この作品がねこみみキャラに依存してないわけじゃないけど、それだけじゃないもんね。
猫又の世界の設定がちゃんと背景にあって、でもそれがクドクド説明されるわけじゃない。厳密にはおかしいところもあるけど、そこを勢いでぶわわっと押し切る!
ちょっと時間があるので・・・という感覚で開くにはもってこいの1冊だと思う

2012年7月6日金曜日

閑話 読書感想文って何のため?

もうすぐ夏休み。
夏休みといえば、宿題。
宿題といえば、課題図書と読書感想文、である。
課題図書が利権そのた諸々の都合により、どうしようもない作品が混ざるのはもう横においておくとして、読書感想文についてひとこと。

機会がある毎に言い続けているのは、読書感想文は「小論文」の一形態である。だから書くための形式やなんかは、学校で教師がキチッと指導せにゃならんのである。

ところが、「作文」の指導はしていても、「読書感想文」の指導は何故かない。
それどころか酷い教師になると「起承転結」とか言っているらしい。
論文に起承転結があってたまるか馬鹿めが。

あるべきは、
この本を読んで何をどう感じたかを表現する「序論」
何故そのように感じたかを、作中の表現、推察される作者の考え、比較する自分の体験などを交えて裏付けていく「本論」
あとは「本論」が「序論」を裏付けていることを総括する「結論」があればなお良し。
本を読んで感動したか、何かを学び取ったか、等ということは読書感想文には関係ないのである。

まぁ、だから、課題図書が屑みたいな作品であっても支障はないと言ってしまえば、そちらの問題はそれまでであるが・・・

2012年6月30日土曜日

お祝いは銀がよいかも

銀婚式物語
いやはや凄い。
何が凄いって、ほんっとーにただの回想録ですよ、これ・・・
話になんの盛り上がりも見せ場もなく、淡々とすすんでゆく。
ショートエッセイならそれも良いけど、このボリュームでそれをするか?ってな感じである。
ま、そこが新井素子の真骨頂かもしれない。こういう芸当ができるのは「グインサーガ」の栗本薫を除けば他にいないんじゃなかろうか。
でもまぁ・・・欲を言うならば、コバルトでガンガン出版してた頃の勢いのある文章も、そろそろ読んでみたい気もするなぁ

2012年6月27日水曜日

手帖のある古本屋の続き

ビブリア古書堂の事件手帖3 ~栞子さんと消えない絆~
あっけなく読了してしまうのは短編だからだろうか。
日々の時間の流れを感じさせる作りと、今後の展開をにおわせるエピソードを随所に入れ込む事にフォーカスしているため、前の2作を知らなかったり、今後がなかったりしたら、この1冊の価値は低くなるゾ
まぁ、途中から読むって人は少ないけれど、書店の平積みをパラパラめくって、面白そうだからまとめ買い、ってのもよくある話なわけで、シリーズ物といえど、話のツカミってのは大事なんだよなぁ。

2012年5月22日火曜日

破片が進化を加速する

一気に読み切る。そして面白かったシーン、素敵な言い回し、検証したい設定等々をもう一度ゆっくり反芻する。
私が引き込まれる本に共通する読み方である。
そのような1冊に出会う機会はどんどん薄れていく。
読書経験値が上がると、新たな体験は減っていくから。
まぁ、次の1冊を見つける難易度が上がるのも楽しいのだけれどね

フラグメント 超進化生物の島

いやいや、逆だろっ逆!!
と、いきなりツッコミを入れたくなる設定である。
隔絶されたら競争力が下がるんで安全な方向に進化するんよ、普通は・・・
とはいうもの、エイズやらエボラやら、本来は外に出ないサイクルを壊したために一気に外界に広がってしまったアブナイモノ達もあるわけで、あながちあり得ない話ではない。
生態系やらスケッチやらここまで綿密に設計してるなら、そこのところももう少し掘り下げると・・・映画化だなぁ。

2012年5月8日火曜日

そういう希望は口に出してはいけません

なんとなく図書館で手に取った一冊と、なんとなく書店で見つけた一冊

死ねばいいのに

「京極夏彦」というだけで手に取りました。はい。
まぁ1人の人であっても付き合い方は三者三様、十人十色なわけで。
それを特殊なシチュエーションに落とし込んで一編の物語に仕上げる筆力は流石というべき。
何が言いたいかというと、彼以外の作家ではこう巧い作品にはならんだろう、ということと、題材の難しさ故に彼の筆力をもってしてもここまでであろう、ということである。

姫のためなら死ねる
なんというか・・・妄想力の凄まじさ、というのを目の当たりにした。
いや・・・確かに「枕草子」の冒頭こそは有名でまともな割に、内容はをいをい・・・なのは知識として知っていたものの、それをここまで局限化しますかぁ!?
あ、ベタ褒めなんである。念のため。
最近のラノベが軽蔑される所以は、こういう得体の知れない未知数パワーと、それを裏打ちするきちんとした背景や歴史の知識、これらが全然ないからである。

2012年4月21日土曜日

小説の売り子さん

最近、書評(感想??)を全然書いてなかったなぁ・・・と思う。
iPhoneというデバイスの面白さ故、かなぁ。
まぁそれと、読書から遠ざかっていたわけじゃないけど、ほとんど専門書だったので、久々になってしまった。

ストーリー・セラー

ハードカバー版を図書館で見かけたので、つい手に取ってしまった。
こういう洒落た装丁はなかなか目にできないよなぁ・・・
普段は電子書籍推進派でも、こういうのは手元に置きたくなってしまう。
中身は・・・まぁべたべたの甘々・・・なのはこの人の特徴で、それはそれで好きである。
そこはおいといて、話の骨格について現実的には「ありえない」なんて人もいるが、そうかな? 起こりえるんじゃないか? と思った。
自分と重ねながら読み進めることができるのが小説の醍醐味の一つだと思うし、十分それに適うストーリーだと思う。
あとは・・・贔屓の引き回しなのかもしれないけど、死を絡めてても「卑怯」と思わせない書き方だなぁ、とも思ったのでかなり推し。
とある喜劇脚本家がドラマのシナリオライターを「連中いいよなぁ、困ったらコロせばいいんだもん」と評していた。
また、故 中島らもは、「人生は生きているだけで辛いのに、何でお芝居観てまで悲しまにゃならん」と言って喜劇しか作らなかった。
「死」がテーマとしてとても心に響くことはあたりまえだし、先の二人の考え方にとても共感しているので、いつも人が死ぬ小説は基本的に2ランクくらい下に見ている。
だから、そこにオンブに抱っこではないところが余計に気に入ったのかな・・・

2012年3月10日土曜日

戦争は図書館で起きてるんだ

あまり良作に巡り会えていないのだが、これをまさに図書館で借りれたので。

図書館革命
基本的には同じ路線。ていうか、ハードカバーでラノベしますか(驚)。というのがこのシリーズの感想なのだが・・・
いやまぁ、面白いからいっか。
ラブコメものでもあるこの作品は、例に漏れずラブコメの宿命を背負い、どんどんとすぅぃーとな感じに陥っていく。
人にもよるのだろうが、恋愛というのは堕ちていく過程が醍醐味なのであって、できあがってくるとマンネリになってしまう。
で、そのマンネリを打開するためにライバルやら浮気やら用意するわけだが、それもまたマンネリなパターンなのだ。
・・・話がそれた。
そういう意味では、まぁ本筋の方が抜群に面白いので変な方向に色気を出してグチャグチャになる、何てことが無いのがこの作品の良いところかな。 作者の筆力が優れているのである。
早く文庫化してくれないかなぁ。

2012年2月24日金曜日

関西に妖怪は似合うのか

最近「これは!!」というのがない。曇ったのかどん欲さが足りないのか・・・
ま、なにはともあれ

西巷説百物語
むぅ・・・と唸るほかは無い。というのが読後の感想。
シリーズ5作目なのだが、ん・・・
舞台を江戸から上方へ移してのおはなし。場所も登場人物も違うので、当然趣も異なる。
これが吉と出たか凶と出たかは、本当に読者次第なのだろう、多分・・・。
これが、全然違うタイトルで出ていたら、また感じも違ったんだろうなぁ、としか言い様が無い。
良くも悪くも「巷説百物語」を引き摺ってしまうんですよ。
これが単体なら「まぁそういう話もアリだなぁ」と思うのだが・・・
何が言いたいかというと、このシリーズでやる必然性は何か、あるいは舞台を上方に移した必然性は何か、というのが掴めない。
それを抜けば、これはこれで面白い1冊なのだが、タイトル故に前作を引き摺ってしまうんだな・・・
こんなことでミソがついた、というのは初めての経験でした。

2012年2月3日金曜日

魔術師は中国がお好き?

これも古い本棚から引っ張り出してきた。

異色中国短篇傑作大全
アンソロジーなのだが、作家陣の中に井上祐美子の名前があった、というだけでレジに持っていった記憶がある。
中の1曲が聴きたいためにCDアルバムを買うようなもんだなぁ、と思いつつ買ったのだが、だがしかし、予想に反してどれも面白かった。
ただ、1つだけ難点を言えば、「別に中国歴史小説でなくて、舞台を現在においても十分な話になるじゃない」という作品もある、ということかな。

ウェイレスの大魔術師
リンク先には画像がない様なので、張っておく。
Dd4
今時、ゲームブックって誰も知らないんじゃあなかろうか・・・
だがしかし、これがなかったらあの不朽の名作ドラクエだって誕生しなかったかもしれない。
何かというと、マルチエンディングな冒険覃が長くても1ページ程度のパラグラフに分割されて、ランダムに配置されている本なのだ。でパラグラフの文末には選択肢が書かれている。たとえば、
「ようやくモンスターを振り切った君は壁にもたれかかって一息つく。そこでふと視線を移すと左手に壁そっくりに偽装されたドアがある事に気付いた!! 左のドアを開けるなら118へ そのまますすむなら136へ」
などなど・・・
で、本書は以前ここで書いた「ドラゴンランス」シリーズに登場する双子の弟、レイストリンが魔術師になるための大審問を受けた時の話が題材になっている。
本編で決して語られない、そしていつも「双子の関係に影を落とす原因になった」とだけ触れられる逸話を、よりによってゲームブックにするんかい!! と、正直仰天した。
このゲームブックという奴は、マルチエンディング故「正解の話」を辿っている保証がないのだ。
まぁ、とはいうものの、こういうゲーム性がD&Dの神髄だし、あのレイストリンになれる! と楽しむのも一興かと。
というわけで「ドラゴンランス」を最近読んだ方にはぜひとも挑戦して欲しい1冊。

2012年1月28日土曜日

ダメなあなたが嘘をつく

ちょっと前にtwitterで「モテない」を連発してた人と、メチャクチャな統計の使い方をしてた人にそれぞれ紹介した一冊

ダメな貴男
今でも Web上で連載が続いているエッセイ(?)の単行本。
なんだかんだ言って、平たく言ってしまえば How to 本 である。
が、しかしこの本の凄いところは、世の中に出ている他の本や雑誌と全く違う1点があるのだ。
それは何か。
「商売っ気」が全くないんである。
ほとんどの雑誌の特集やなんかを見ると、男性向け女性向け、いずれも共通項がある。そのとおりの対策をすると金が掛かるんである。
曰く、ファッションは・・・小道具は・・・デート先は・・・
そりゃそうだ。モノを売るために書かれてるんだからしょうがない。
ところが、本書に書かれている内容は、普通にそこにいる女性の一般的心理。それも女性から見える男性の普段の何気ない行動に対しての。
何気なく取っている行動の何にプラスあるいはマイナスポイントが付くか、ということですな。
でも、ここで書かれているオススメの行動は、女性に対して媚びてるわけではない。ここも重要。
この本の推奨行動を実践してみる価値はあると思うよ。

統計はこうしてウソをつく―だまされないための統計学入門
うーん・・・。意図して騙す側の連中を見抜くのは、然程難しい事ではない、騙されている連中の目を覚まさせるよりは。
てのは、騙される側には「騙されたい」あるいは「その主張を信じたい」理由があるからで、もうデータの引用の仕方がメチャクチャである。
今やこういう無茶苦茶も珍しくない。
なので、この本をここで紹介しても、本来読むべき人には馬耳東風なんだろうけど、せめて良識ある人々がそういうテロリスト達に反論できるように、と、そういう願いを込めての紹介である

2012年1月26日木曜日

書評の書評

こんなページを見つけた。

面白すぎて寝食の間も惜しんで一気に読んだ本

ざっと目を通したが未読無し。まぁ・・・これに夢中になれるかぁ? というものもあるが、そこは趣味の違いということでスルーして、自分も夢中になったものを選りすぐって並べてみる。

星を継ぐもの
ハードだ。ハードすぎる。緻密なSFとはなるほどこういうものか、と感心させられた一冊。
うむ・・・科学的検証でこんな事までわかるのか、と読みながら錯覚させられた事を覚えている。
まぁ、技術の進歩でいろんなことが可能になり、フィクションでなくなりつつある、というのは恐いものがあるが…

たそがれ清兵衛

池波正太郎の短編集。で、タイトル作よりも他の作品の方が好きだったりする。まぁ、共通しているのは城仕えで下っ端の武士達の生活臭かなぁ。金も何もなくて、娯楽と言えば精々剣術修行。そこで身につけた剣がなぜか人生を左右する・・・その哀しさが次の一冊を手に取らせるのだよ。

八甲田山死の彷徨
よく知られている通り、新田次郎という人は登山家だったわけで、その自然の厳しさに対する描写は容赦がない。こたつで首まで浸かって読まないと寒くなるのだ。
氷壁と並んでこのジャンルでは間違いなく最高峰だと思う。

羆嵐
確か中学1年生くらいで読んだ。とにかく恐い。熊に襲われる恐怖が淡々とした筆から確実に伝わってくるのである。
がしかし「一度若い女性を食べた熊はそれだけを好んで食べる」くだりで、「むー・・・赤ん坊の肉が一番おいしいって聞いたけどなぁ・・・」などと冷静に考えながら読んでいたのも覚えている。
我ながら、なんちゅう中学生じゃ・・・

2012年1月20日金曜日

猫に槍は役に立つのか

実家による毎に、手元に引き取っていない本を選り分けて、選り分けて・・・しているうちに読むのに夢中になってしまうんだよなぁ、どれもこれも懐かしくて。

テイルチェイサーの歌

既に絶版らしい。こんな名作をなんて扱いにするのよさ。
まぁ、それはともかく、猫の世界にファンタジーがあることを証明してくれるのは、後にも先にもこの1冊だけだと思う。このテイルチェイサーは、ピートでもなければアプロでもなく、どちらかというとヨゴロウザに近い。
だがしかし、猫達の世界に美しい伝説と伝承の歌があり、「爪と魔法」があることを見事に具現している。
普段、もふもふしてにゃあと鳴いている、かわいいだけの連中も、本当は見かけによらずいろいろ考えているのかもしれない・・・

梨花槍天下無敵
伝説の英雄が登場すると、多くの場合伝説になった逸話を中心に、その英雄の人物像が語られる事に多くを費やされるのが普通で、まぁ、英雄を中心に世界が回っている事になるのだが、そうでないところにこの1冊の妙味がある。
なので、先日書いた三国志あたりが大好きな場合、物足りなく感じてしまうのだ。がしかし、歴史書という見方をすると別の面が見えてくる。女性が歴史に介入するのは何も美女の色香だけではないのだ。んじゃあ、男性の英雄と何が違うのかというと・・・この本を手に取ることになる。
まぁ、著者の名前でこの本を購入した人には不本意かもなぁ

2012年1月15日日曜日

英雄って誰なんだっけ

別に最近はじめて読んだわけではなくて、愛読書故にまた手に取っただけなのだが・・・

英雄ここにあり―柴錬三国志
「蒼天すでに死せり 黄天まさに立つべし」でおなじみの三国志である。が普通、この物語を知っている者は、赤壁の戦い、あるいは五丈原の「死せる孔明、生ける仲達を走らす」場面を思い浮かべると思うのだが、この作品はちょいと違う。
『いささか誇張して言えば、私は孔明が出師の表をしたためて、魏と決戦すべく、成都を出発する場面を描きたいために、「三国志」を書きはじめた』と著者自身が作中で述べる通り、そこでプッツリ切れるのである。吉川英治の三国志でツラツラと書かれている南蛮平定もあっさり割愛・・・
まぁそこは、補完すべく筆を執ったのであろう「英雄・生きるべきか死すべきか」には詳しく書かれているのだが、こっちはいささか諸葛亮を別格扱いしすぎているので、なんとも。
いや「英雄ここにあり」でも孔明はかなり別格なのだが、他の人物達もなかなかに描かれているため、相対的にバランスがとれている感じである。
そして何よりこの作品ですばらしいのは、人物の見方描き方一つで、こうまでも格好良く描けるのか・・・と感心すること2度や3度ではない。
例えば、張松。張魯への策として曹操の元に助力を求めるため使者に赴いたが、曹操に冷遇されたので、劉備の元へ赴く。ここで劉備の厚遇に感動し劉備に傾倒する、のだが、これが、この作中では全てもともと張松がイメージしていた通りに事が運んだように書かれるのだ。
もし、三国志を読んでいないなら、吉川英治や横山光輝を手に取るのも良いが、どちらがよい?と聞かれれば、間違いなくコレを推しますね。

2012年1月13日金曜日

秋葉原のなかの仁とかたてわざの世界

先日 Twitterで「勧善懲悪主人公最強!! みたいな時代劇イラネ」てな話になって、したらばどういった要素が必要なのか? について引き合いに出されてたのが、これだ。


幕末にタイムスリップした医師をとりまく医療仕立ての人間ドラマで、時代劇に不可欠の斬り合いはほとんど出てこないし、その描写に特段の工夫もない。当たり前だけど、現代の医療技術が幕末あたりに出現したらどーなるか?という歴史シミュレーション的要素がこの作品のキモなんだから、そりゃそうだ。
時代劇ドラマのカテゴリーに入るんだろうか。うーん・・・
ほいじゃあ、正統派ってことで、このあたりではどうか。

御家人斬九郎
これは正直面白かった。原作もテレビドラマもである。
単に岸田今日子扮する「くそばばあ」がハマリ役だったからではない。時代考証もキッチリされてて、かつ殺陣も綺麗だったので。だがしかし、万人ウケするドラマだったかというと、うーん・・・
で思いついたのが、この作品。まだドラマ化されてない、ていうか、ラノベは永遠にされんだろう。

偽書幕末伝
偽書と付くにもかかわらず、主人公の秋葉原(あきばっぱら、と読む)とその周りの幾人かを除けば、登場人物から、出てくる小物の時代考証もしっかりしている。笑いも取れるし1話完結のパターン物にもならない。と、思う。
テレビの視聴率は天竜川下り状態、ドラマネタは尽きて原作レイプの嵐な今だからこそ、どこかドラマ化やってくれないかなぁ・・・

2012年1月3日火曜日

手帖のある古本屋

ビブリア古書堂の事件手帖―栞子さんと奇妙な客人たち
ビブリア古書堂の事件手帖 2 栞子さんと謎めく日常
ふむ、ラノベだ。でも自分の世界に閉じこもるわけでもなく、ご都合主義に染まるわけでもなく、なかなかに引き込んでくれる。
推理小説は好きなのだが、推理小説には人が死ななきゃならんという固定観念は大嫌いなのだ。これは、とあるコメディのシナリオライターが言ったセリフが下敷きになっている。彼がドラマのライターを評して放ったのは「いいよな。ネタに困ったら殺せば良いんだから」
死は誰にも避けることができない。そして、誰も死後の世界を知らぬ。故に人は人の死に様々な思いを込めるし、絶対的な恐怖の対象として存在させることができる。解決の鍵を墓場に封印することも雑作もない。だから、殺人事件でない推理小説は難しいのだ。
さらに、「本」に関する蘊蓄が至る所にちりばめられているのもよろしい。特に本の希少性と価値が如何なことに依存するかがよくわかる。
ただ、それを再認識しておもったのが、電子書籍との兼ね合いである。本の価値は作品そのものの評価よりも「本」というハードの希少性によって左右される。印刷物が大量生産・再生可能なものであることの宿命である。
であれは近い将来、電子書籍が普及した時、紙媒体は媒体として以上の価値を見いだすことは不可能になるのではないだろうか。もちろん、愛蔵版としての装丁を施されたものや、限定発売されたものが存在する限り、それ以上の価値というのも存在するだろうが、それはもはや単なるお宝収集の一分野になってしまうことを意味する。
「それのどこが悪い」という声が聞こえてきそうだが、それについてどうこう言うつもりはない。ただ、「電子書籍なんて味気ない。装丁その他諸々も含めて本だ」と主張する連中の目に、そういう未来がどう映るのかみてみたいものである