別に最近はじめて読んだわけではなくて、愛読書故にまた手に取っただけなのだが・・・
英雄ここにあり―柴錬三国志
「蒼天すでに死せり 黄天まさに立つべし」でおなじみの三国志である。が普通、この物語を知っている者は、赤壁の戦い、あるいは五丈原の「死せる孔明、生ける仲達を走らす」場面を思い浮かべると思うのだが、この作品はちょいと違う。
『いささか誇張して言えば、私は孔明が出師の表をしたためて、魏と決戦すべく、成都を出発する場面を描きたいために、「三国志」を書きはじめた』と著者自身が作中で述べる通り、そこでプッツリ切れるのである。吉川英治の三国志でツラツラと書かれている南蛮平定もあっさり割愛・・・
まぁそこは、補完すべく筆を執ったのであろう「英雄・生きるべきか死すべきか」には詳しく書かれているのだが、こっちはいささか諸葛亮を別格扱いしすぎているので、なんとも。
いや「英雄ここにあり」でも孔明はかなり別格なのだが、他の人物達もなかなかに描かれているため、相対的にバランスがとれている感じである。
そして何よりこの作品ですばらしいのは、人物の見方描き方一つで、こうまでも格好良く描けるのか・・・と感心すること2度や3度ではない。
例えば、張松。張魯への策として曹操の元に助力を求めるため使者に赴いたが、曹操に冷遇されたので、劉備の元へ赴く。ここで劉備の厚遇に感動し劉備に傾倒する、のだが、これが、この作中では全てもともと張松がイメージしていた通りに事が運んだように書かれるのだ。
もし、三国志を読んでいないなら、吉川英治や横山光輝を手に取るのも良いが、どちらがよい?と聞かれれば、間違いなくコレを推しますね。
0 件のコメント:
コメントを投稿