2012年1月3日火曜日

手帖のある古本屋

ビブリア古書堂の事件手帖―栞子さんと奇妙な客人たち
ビブリア古書堂の事件手帖 2 栞子さんと謎めく日常
ふむ、ラノベだ。でも自分の世界に閉じこもるわけでもなく、ご都合主義に染まるわけでもなく、なかなかに引き込んでくれる。
推理小説は好きなのだが、推理小説には人が死ななきゃならんという固定観念は大嫌いなのだ。これは、とあるコメディのシナリオライターが言ったセリフが下敷きになっている。彼がドラマのライターを評して放ったのは「いいよな。ネタに困ったら殺せば良いんだから」
死は誰にも避けることができない。そして、誰も死後の世界を知らぬ。故に人は人の死に様々な思いを込めるし、絶対的な恐怖の対象として存在させることができる。解決の鍵を墓場に封印することも雑作もない。だから、殺人事件でない推理小説は難しいのだ。
さらに、「本」に関する蘊蓄が至る所にちりばめられているのもよろしい。特に本の希少性と価値が如何なことに依存するかがよくわかる。
ただ、それを再認識しておもったのが、電子書籍との兼ね合いである。本の価値は作品そのものの評価よりも「本」というハードの希少性によって左右される。印刷物が大量生産・再生可能なものであることの宿命である。
であれは近い将来、電子書籍が普及した時、紙媒体は媒体として以上の価値を見いだすことは不可能になるのではないだろうか。もちろん、愛蔵版としての装丁を施されたものや、限定発売されたものが存在する限り、それ以上の価値というのも存在するだろうが、それはもはや単なるお宝収集の一分野になってしまうことを意味する。
「それのどこが悪い」という声が聞こえてきそうだが、それについてどうこう言うつもりはない。ただ、「電子書籍なんて味気ない。装丁その他諸々も含めて本だ」と主張する連中の目に、そういう未来がどう映るのかみてみたいものである

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